身勝手な眼鏡と色眼鏡
数々の消臭・芳香剤を試しましたが、未だにコレだって言うものに出会えません。とりあえずファブリーズに泣きつく次第。
あまごです。
閑話休題
最寄り駅の近くに、古びた眼鏡屋がある。ショーケースは曇っており、その中には申し訳なさそうに、辛うじてそこが眼鏡屋であると分かる程度の眼鏡が置いてある。
壁には時を刻むことを忘れて久しいであろう、常に同じ時間を指示している古時計がある。それはまるでその眼鏡屋が変わらずにそこに有り続けている事を証明しているようである。そういう威厳めいたものを感じる。
奥には壊れかけた茶色いソファーが佇んでいる。お客を待っているのか、果たしてお客が来たとして、そのソファーに腰を下ろす事すら憚られるぐらいには調子が悪そうだ。
その眼鏡屋には一匹の猫が住んでいるようで、前を通るたびに私は招き猫であると言わんばかりの顔で外を見ている。その猫は左前足を怪我している。というか、左前足が無い。事故にでも巻き込まれたのだろうか。あぁ可哀想に。何かと不便であろう。
そんな事を思いながら猫を見ていると、左前足の無い体を上手にバランスを取りながらひょこひょこと歩き出し、壊れかけたソファーに飛び乗りクルリと身体を丸めて目を細めた。なるほど君のものだったのか、私はひとりごちた。
すると奥から老人が現れた。眼鏡屋の店主だろうか。白髪で無精ひげを蓄えている。眼鏡はしていないようである。その老人は猫をひと撫でしてから、私の方を向き開口一番こう言った。
「曇っているよ」
急に話しかけられて私は狼狽した。天気の話だろうか。空を見上げてみた。見上げるまでもなく今日は晴天で、暑いくらいだった。しかし思わず見上げてしまった。それくらいに老人の一言には説得力があった。訝しむ私に気づいたのか、少しの間を置いて老人は言葉をつづけた。
「あんたの眼鏡、曇っているよ」
ー眼鏡が、ですか?
「眼鏡も、かな」
ー眼鏡も?
「未来が見える眼鏡があるよ」
ー未来が?
「よく見える眼鏡は未来も見える」
「曇っていては見えない未来もある」
「度が合っていない眼鏡では取り逃がす未来がある」
「君には君のための、相応の眼鏡があるんだよ」
「そういう眼鏡が、君にぴったりの眼鏡があるんだよ」
私は心を貫かれた思いだった。そうか、そうだったのか。私には私の眼鏡があるのだ。自分の目で見たからと言って他人のレンズを通してしまっては意味がない。私はついさっき、猫の不自由さを身勝手に嘆いたが猫にとっては私の嘆きなどどうでもいいのだ。意外と何とも思ってはいなくて、猫は猫でその人生を謳歌しているかもしれない。私は身勝手な眼鏡を通して、猫と人間を同じ物差しで測ってしまっていたのだ。
ーありがとうございます。なんだか分かったような気がします。
「モノとの出会いはめぐり合わせなのだ」
「君がここを通ったのもそういう事なのだろう」
「こちらに来なさい」
「君の新しい眼鏡を作r」
ーありがとうございます。作ります。
ー向こうの眼鏡市場で。
老人が猫をひと撫ですると、猫は愉快そうにニャーと鳴いた。
※
いま使用しているメガネに色々とガタが来ているのでそろそろ買い換えたい気持ちを綴った物語。